最終更新日:2024年5月3日(金)
中国の戦国時代を舞台に壮大なスケールで描かれる、宮城谷文学の最高傑作との呼び声も高い『公孫龍』シリーズ。躍動感あふれる原田の挿絵とともに、ぜひお楽しみください!
●公孫龍 巻一 青龍篇
戦国乱世を切り拓く、ニュー・ヒーロー登場! 中国歴史小説の第一人者が描く、大河小説開幕。
中国戦国時代、人質として周から燕に送られることとなった十八歳の王子稜(りょう)。父赧(たん)王の燕王宛ての書翰に、己を殺すようにと書かれているのを知った稜は愕然とする。王宮内の陰謀に巻き込まれたことを悟った稜は、山賊の襲撃から救った強国趙の幼き二公子の求めに応じ、商人「公孫龍(こうそんりょう)」として趙の都邯鄲(かんたん)を目指すことに。群雄割拠の乱世に颯爽と現れた青年の成長を描く波乱万丈の大河歴史小説開幕。
●公孫龍 巻二 赤龍篇
公孫龍、趙の後継者争いに巻き込まれる! 中国戦国時代を舞台に描く大河小説第二部。
中国戦国時代周王朝末期、宮廷内の陰謀で命を狙われた王子稜(りょう)は、公孫龍(こうそんりょう)と名乗り商人となった。その天賦の才を買われ、燕の昭王や趙の恵文王の信頼を得るが、趙の後継者争いに巻き込まれて、先代王の主父(しゅほ)と対立することに。一方、公孫龍のもう一つの拠点である燕に、楽毅(がっき)が魏王の使者として到着。その忠烈と軍略家としての才を認める公孫龍は、楽毅を獲得するために奔走する。疾風怒濤の第二部。
新年あけましておめでとうございます。
昨年中はファンの皆さま、宮城谷昌光先生をはじめとする作家の皆さま、出版関係の皆さまには大変お世話になりました。
おかげさまで各方面から多数のご依頼をいただき、宮城谷昌光先生の新たな代表作になる勢いの傑作小説『公孫龍』をはじめとする数々の優れた歴史小説に挿絵作品を提供させていただく機会を頂戴し、深くお礼申し上げます。
原田維夫、ますますノリに乗っておりまして、今年も以前にもまして精力的に活動を行っていく所存です。
改めまして本年も皆さまのご指導ご鞭撻を賜りたく、何とぞ宜しくお願い申し上げます。
2023年8月7日、宮城谷昌光さん著『星雲はるかに 上下巻』、および現在、ファンの間で宮城谷文学最高峰と噂されている『公孫龍』の第三巻が、原田維夫の作品を全面に施す形で刊行されました。
ぜひお求めいただき、壮大で奥の深い宮城谷文学と原田の挿絵作品を存分にご堪能ください!
◆『星雲はるかに』上下巻
[上巻]
無能の宰相万民を窮し国を滅ぼす――古代中国戦国時代を終焉に導いた天才宰相范雎の生涯。
戦国時代末期。大望を抱く才気煥発の青年説客、范雎は無二の親友鄭安平の妹の病を治すべく、悪名高い魏斉(魏の宰相)の奸臣須賈に仕えた。范雎の襄王への謁見が誤解を生み、魏斉の宴席で范雎は凄惨な笞打ちにより歯や肋骨を折られ、半死半生のまま簀巻きにされ、厠室で汚物に塗れた──。戦国の世を終焉に導いた秦の名宰相范雎の屈辱隠忍の時代を広壮清冽な筆致で描く歴史大作前編。
[下巻]
天下の秘策「遠交近攻」ここに献ず――混乱と惑乱の群雄割拠の終焉、始皇帝出現前夜を描く。
猛将白起率いる秦軍は、領土を拡大するも宣太后らの私有地が増えるばかりであった。魏の巷間に身を潜めていた范雎は秦の昭襄王への謁見が叶い、天下の秘策「遠交近攻」を献じ、信任を得る。宰相となった范雎は、政争の芽を的確に摘み、韓・魏・趙など隣国を次々に落とし、巨大帝国の礎を築いていく。始皇帝出現前夜、戦国期に終焉をもたらした天才宰相を雄渾壮大に描く傑作歴史長編。
◆『公孫龍』公孫龍 巻三 白龍篇
周王朝の王子という身分を捨て、群雄割拠する諸国を商人として渡り歩く青年・公孫龍。その清廉潔白な人格で将軍や有力者たちの信頼を得た彼は、自らその登用に尽力し、燕に仕えるようになった名将・楽毅が企図する空前の大戦略の実現に向け、才覚を発揮する。名作『楽毅』の感動が新たに甦る、宮城谷文学最高傑作、第三部。
2023年7月15日、宮城谷昌光さんの名作のひとつである『香乱記』が、原田維夫の作品を全面に施す形でリニューアルされ、第十二刷として刊行されました。
作品中にも原田維夫が提供した挿絵がいくつも使われています。素晴らしい展開のストーリーとともに臨場感ある原田の挿絵をぜひご堪能ください。
◯第一巻
苛政に屈せざる者、その名を田横という。諸葛孔明が仰ぎ見た、不屈の英雄田横を描く歴史巨編。
悪逆苛烈な始皇帝の圧政下、天下第一の人相見である許負は、斉王の末裔、田氏三兄弟を観て、いずれも王となると予言。末弟の田横には、七星を捜しあてよという言葉を残す。秦の中央集権下では、王は存在しえない。始皇帝の身に何かが起こるのか。田横は、県令と郡監の罠を逃れ、始皇帝の太子・扶蘇より厚遇を得るのだが……。楚漢戦争を新たな視点で描く歴史巨編、疾風怒濤の第一巻。
◯第二巻
始皇帝死す。英傑よ湧き出でよ。項羽よりも、劉邦よりも、雄々しき英傑田横を描く傑作長編。
始皇帝は没した。宦官・趙高の奸策により公子扶蘇は自害。皇帝として末子胡亥が即位した。胡亥・趙高により苛政はより激しさを増した。九百の雑役夫を率いて辺境の守備に向かっていた陳勝と呉広が、悪天候による移動の遅れから、「遅参も死、逃散も死、どうせ死ぬのならば」と、蜂起した。反乱軍は瞬く間に万を超え、ついに戦乱の火ぶたは切られた。群雄湧き起つ、烽火燎原の第二巻。
◯第三巻
猛将項羽進軍す。狂気の殺戮が始まる。虐殺の項羽、虚勢の劉邦。そして、信義の人、田横を描く歴史大作。
秦の不敗の将軍、章邯に包囲された絶体絶命の魏王を救うべく、田たん率いる斉軍は、臨済へと向かった。秦軍は二十万、迎え撃つ魏斉連合軍は十万。田たんは、章邯の自在な用兵、精緻な機略の前に苦戦を強いられる。田横は義を以て楚に援兵を乞い、楚の勇将項梁は、項羽・劉邦・黥布らを率いて、章邯の大軍と激突する。楚漢戦争前夜、帝国秦の終焉を圧倒的迫力で描く、驚天動地の第三巻。
◯第四巻
陰謀と変節の梟雄、劉邦君臨す。著者をして「理想像」といわしめた俊傑を描く比類なき叙事詩。
無辜の民をも殲滅する残虐無比の項羽と、陰謀と変節の梟雄劉邦。中国の人口を半減させたといわれる楚漢戦争が勃発した。緒戦こそ劉邦は項羽に敗れたものの、劉邦の壮大な包囲網に項羽は追いつめられていく。人民にその高潔英邁を尊崇された不撓の人、田横の正義さえも、漢軍の奔流に呑まれていく。著者をして「理想像」と言わしめた不屈の英雄を描く傑作、明鏡止水の第四巻、完結編。
※新潮社ホームページより。
宮城谷昌光 著
王莽の台頭によって、官位についた兄たちに変わって、家主となった馬援は、馬の世話をし、田を耕し生活していた。しかし、敬愛する兄の死によって、故郷を離れ、北地で牧畜を営むことになる。馬援の牧場経営は軌道に乗り、大きな富を築くが、馬援はその富を皆に平等に分ける。各地で王莽への叛乱軍が蹶起し、かつての友、公孫述、隗囂らも兵を挙げるが、馬援は劉秀に惹かれ、共に天下統一の戦いに加わることになる。夜に輝く巨星のような馬援と、天高く上る日のような劉秀。互いを「君」「臣」と選び取った二人が挑む新王朝樹立の戦いのゆくえは。
(中央公論新社ホームページより)
原田維夫が装丁画を担当させていただいた、実に十一年ぶりとなる山本一力さんの「深川駕籠」シリーズ四作目にあたる『深川駕籠 クリ粥』が祥伝社さんより刊行されました。
原田と深い親交がある一力さん。粋な心意気や人情の機微をテンポ良く豊かに描き出した力作です。ぜひご覧ください!
●内容紹介(出版社より)
作者一押しの痛快シリーズ、最新刊!
くじけるな。やり直しができるのが、ひとの生涯。
長屋の桶職人の最期の願いを叶えるため、時季外れのクリを手に入れろ!
深川一の疾風駕籠の二人が希望を信じて、江戸の町を奔る、奔る!
鉄蔵という男は、まこと桜だった
あんたや番頭のような口先だけで世渡りする手合いが、近頃は大路の真ん中を大きな顔で跋扈している。鉄蔵も新太郎も尚平も、大口とは縁がない男だ。口数は少ないが、引き受けたことは命がけでこなして生きている。大きな男は深川の誇りだが、それは身体を張ってひとのために尽くせる男のことだ。見てくれだけの男はこの土地には無用だ……。(本文より抜粋)。
●内容紹介
長屋の桶職人の最期の願いを叶えるため、時季外れのクリを手に入れろ!深川一の疾風駕籠の二人が希望を信じて、江戸の町を奔る、奔る!
●収録作品
クリ粥/なおしの桜
●著者情報
山本一力(ヤマモトイチリキ)
1948年高知県生まれ。97年「蒼龍」でオール讀物新人賞、2002年『あかね空』で第126回直木賞、15年には第50回長谷川伸賞を受賞する。
2022年8月2日より、日本経済新聞夕刊にて好評連載中の小説『諸葛亮』の挿絵を原田維夫が担当させていただくことになりました。
作者の宮城谷昌光さんは、原田が最も一緒に仕事をさせていただく機会が多い作家さんのひとり。三国志を知り尽くしたコンビによる今後のさらなる展開にご期待ください。
【日本経済新聞、小説『諸葛亮』の紹介記事】
●2022年1月4日から宮城谷昌光氏の「諸葛亮(しょかつ・りょう)」を掲載します。
主人公は、中国三国時代に蜀の軍師として活躍した諸葛亮(孔明)。彼の人生を様々な武将らとの出会いを通して描き、壮大な三国志の物語をわかりやすく、新しい視点で解釈します。
宮城谷氏は1945年愛知県蒲郡市生まれ。出版社勤務などをへて作家デビューし、91年に「天空の舟」で新田次郎文学賞、「夏姫春秋」で直木賞を受賞しました。中国の歴史小説で読者の根強い支持を得ており、代表作に「孟嘗君」や「晏子」「太公望」のほか、12年の歳月をかけて連載した「三国志」などがあります。
●作者の言葉
ずいぶん『三国志』について書いてきた。だが、そこに登場するひとりを選んで、大きな構想に移植するのは、これが最初であり、最後となろう。そのひとりとは、諸葛亮以外に考えられなかった。かれの人気は、おそらく劉備や関羽などをしのいでおり、たぶんどれほど時代がかわっても、最高でありつづけるにちがいない。通俗小説である『三国志演義』が、諸葛亮を万能人間、いわば超人にまつりあげてしまったせいでもあるが、そういう虚の部分を剝いでも、多くの人々の憧憬になりうる人物である。
魅力に満ちた生涯であることはまちがいないが、いくつか謎があることもたしかで、これからの連載でそのあたりもさぐってみたい。いまわかっていることは、諸葛亮は誠実な努力家であるということだが、それを彩る工夫が小説の醍醐味になる。
※これまで挿絵をご担当されてきた村上豊さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
原田維夫がもっともコンビを組む機会が多い作家さんの一人、宮城谷昌光さんの中国・春秋時代における謎の英傑の活躍を描いた物語の第二弾『公孫龍 巻二 赤龍篇』が新潮社より発売されました。
第一巻に続き、原田の作品により装丁が施され、躍動感あふれる挿絵も随所に盛り込まれています。ぜひ、お手に取ってご覧ください!
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古代中国、周の王子という身分を隠し生きる公孫龍の活躍は諸侯も無視できぬようになり-----宮城谷文学最高傑作、第二巻は楽毅も登場!
周王朝末期、宮廷内の陰謀で命を狙われ姿を消した後、商人となった公孫龍。公子を助け強国趙の信頼を得たが、その後継者を巡る争いに巻き込まれる。君主となった恵文王と親しい公孫龍だったが、先代の父王(主父)は兄・安陽君の側についた。果たして主父の真の狙いは。
一方、公孫龍が拠点とするもう一つの国・燕に、魏から楽毅が使者として到着した。公孫龍は、武将としての力量に注目し、楽毅を留まらせようとする。
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『公孫龍 巻一 青龍篇』も好評発売中!
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『公孫龍 巻二 赤龍篇』目次
沙丘の風
主父の陰謀
肥義の死
沙丘の乱
夏の戦陣
安陽君の死
乱の終熄
苦難の大商人
新制の国
楽毅の到着
辛抱の秋
堂の蟋蟀(こおろぎ)
暗中飛躍
田甲事件
ふたつの井戸
運命の明暗
原田維夫が選ぶ新潮文庫ベスト3!
…新潮社が発行する、1967年創刊の歴史ある文芸PR誌『波』の人気コーナー「私の好きな新潮文庫」に原田維夫が寄稿させていただきました。
-----数多ある新潮文庫の中から三冊を選ぶというのは難題である。挿絵家というのは仕事柄、かなりの作家の作品を読んではいるが、選ぶとなると話は別。
ともかく私と関わりの深い三冊を選んでみよう。まず一冊目は…(本文より)-----
…さて、原田が選んだ三冊とは?ぜひ記事を読んでお確かめください!
あけましておめでとうございます。本年も原田維夫を何とぞ宜しくお願い申し上げます。
さて、新年最初のトピックス。
先日1月12日(水)、原田のオフィス(港区高輪)にて、現役のグラフィックデザイナーで多摩美術大学教授、昭和を代表するグラフィックデザイナーの巨匠・田中一光(たなかいっこう)先生が創設に参加されたわが国のデザイン広告制作会社の草分け的存在「日本デザインセンター」の同門でもあり、『田中一光へのオマージュ』などの著作もある木下勝弘(きのしたかつひろ)さんと十数年ぶりに再会を果たし、二人の師である一光先生について語り合いました。
1964東京オリンピックにおける世界初のピクトグラムの開発をリードしたという偉業はもちろん、西武グループや無印良品のロゴマーク等々、現在に至るもわれわれが馴染んでいる数々の卓越したデザインを手がけられた田中一光先生。
横尾忠則さん、イッセイ・ミヤケ氏、宇野亜喜良さん、廣村正彰さんなどデザイン界のスーパースターとして知られる方々が、田中一光先生のもとで学び、世界に羽ばたいていったという事実が、先生の偉大さを如実に表しています。
この日は、田中一光先生の数々の作品やエピソード、何よりもイノベーティブかつエネルギッシュにデザインワークに取り組むその姿を思い起こしながら、一光先生の偉業や素晴らしさについて大いに語り合うことが出来、2022年をスタートするにあたり、とても幸先の良い一日となりました。
数々の大河ドラマの考証を手がけたことで知られる日本の歴史学者・國學院大學名誉教授で、日本中世史(戦国史)のスペシャリスト、二木謙一(ふたきけんいち)さんの『関ヶ原合戦 戦国のいちばん長い日』が、新たに文庫版として発売されました。
本書の初版(中公新書)は1982年。当時、関ケ原合戦を9月15日の一日に絞ってドキュメンタリー化した手法で話題となり、その後28刷を重ねたロングセラーがこのたび、装いを新たにしました。戦国武将に学ぶ究極のマネジメント論としても現代に通用する興味深い内容です。ぜひご一読ください。
-----【歴史を決定づけた24時間】-----
慶長5年(1600)9月15日、中世から近世へ、豊臣から徳川へ、天下分け目の戦いが行われた。日本列島のすべてを巻き込んだ、この〝戦国のいちばん長い日〟は、一体どんな一日だったのか。家康の覇権確立への戦略を軸に、武将たちの権力闘争の実態を追究して、さまざまな野望が渦巻く東西両軍の人間模様を描き出す。15万の軍勢の激突を、臨場感を持って再現し、戦国乱世の時代像を24時間に凝縮する、迫真の歴史ドキュメント!
2021年8月24日、経済メディア「Business Insider Japan」のサイトに原田維夫のインタビューが掲載されました。初代デザイナーとしてピクトグラムの開発に携わった際の秘話や、現在、並み居る作家さんたちに作品を提供する挿絵版画の第一人者として、ピクトグラムと挿絵作品の本質や関係性について、自らの美学やこだわりを絡めながら語りました。
【以下、記事の冒頭分より】
------閉会式をめぐる相次ぐ辞任・解任など、いわくつき扱いで開催された2020年東京オリンピック・パラリンピック大会(以下、東京2020オリンピック)。
その中で、明るい話題を振りまいたのが「ピクトグラム」(絵文字)の存在だ。
「今回もそうだけど、最近のピクトグラムはすごいよね。とても分かりやすい」と語るのは、1964年の東京オリンピック・パラリンピック大会(以下、東京1964オリンピック)で、施設のピクトグラムデザインの開発に携わった、版画家の原田維夫(つなお)氏(82)だ。東京1964オリンピックは、ピクトグラム初の国際大会での使用でもあった。
ピクトラムをめぐって、半世紀超をつなぐ、どんな物語があったのだろうか---------
◆Business Insider Japan
〜日本発「ピクトグラム」が世界に通用した理由を、初代デザイナーに聞く
── 「信念を持たないことが信念」
https://www.businessinsider.jp/post-240693
速 報!
本日7月23日の「東京2020オリンピック開会式」において、バッハIOC会長のスピーチのあと、著名なクリエイティブ・ディレクターの井口皓太(いぐちこうた)監督が制作され、クライマックスとして世界中に流された映像『動くスポーツピクトグラム』のオープニングで、原田維夫の作品が世界に向けて発信されました!!!
写真左から原田、井口皓太監督、今回の原田の作品の企画や本プロジェクトをさまざまな面からご支援いいただいた、株式会社ジェイ・ティー・マネジメント代表取締役で情報技術の研究者でもあり、原田の代理人としても各種の交渉・調整にあたってくださっている田中
純(たなかきよし)さん。
1964年の東京オリンピックにて生まれ、世界中に広まっていったピクトグラム。都市や駅、ショッピングモールの動線をシンプルでわかりやすいものにするなど、社会インフラの設計にも影響を与えたといわれ、「日本発の最大のイノベーションのひとつ」と評価する専門家もいます。
本日の東京オリンピック2020開幕にあわせて、「ピクトグラムを作った男」としても知られ、世界中で活用されているピクトグラムの生まれる瞬間を生き生きと描写した原田維夫の人気作品『東京オリンピックデザイン部 シンボル部会のある一日』の販売を開始します。
版画作品としてのみならず、歴史的に価値ある資料として、あるいは世界をめざすビジネスパーソンの縁起ものとしての評価も高い本作品をぜひお求めください!
◇価格:55,000円(税別、送料・額装代込)
◇限定45部:※在庫が無くなり次第、販売終了とさせていただきます。
◇ナンバー(通し番号)はお選びいただけません。
詳しくは下記からお問い合わせください。
2021年7月、原田維夫のインタビューが掲載された『週刊新潮 8月9日号別冊』が発売されました。
---------トップデザイナーが知恵を絞った「トイレマーク」作成秘話
1964年の東京オリンピック の「遺産」には、私たち日本人の生活にとって、普段は意識しないでいるほど浸透したものもある。 その代表的な一つが、街の様々な 場所で見る絵文字「ピクトグラム」だ。
情報伝達や注意を喚起する視覚記号で、例えばトイレの男性と女性のマークや、建物内の非常口のマークなどがそうだ。現在では「世界共通言語」ともいえる ものだろう。このピクトグラムは 外国人の訪問に備えて、組織委員会の「シンボル部会」で開発され た。国際大会での使用は世界でも初めてのことだった。
そのデザイ ナーの一人として部会に参加した原田雄夫さんは、当時のメンバーの中で最年少だった。日本を代表する版画家である彼の原点が、そこにはあった。-----
2021年4月21日、原田維夫が装丁を担当した黒岩重吾さんの『斑鳩王の慟哭』(新装版/中公文庫、聖徳太子1400年遠忌記念)が刊行されました。
聖徳太子晩年の苦悩と孤独、上宮王家滅亡の悲劇を描いた物語です。巻末には、梅原猛さんと黒岩さんの対談「聖徳太子の世紀と東アジア」が新しく収録されています。
過去に『子麻呂が奔る』 (文春文庫、2004年8月)など黒岩重吾さんの作品の装丁をいくつか担当してきた原田ですが、黒岩さんについて、いまでも強く覚えていることがあるそうです。
黒岩さんは独特の筆跡で、編集者によると、寝転んだまま原稿用紙に6Bの濃いエンピツで流れるように原稿を書かれるため、読める人がほとんどおらず、印刷会社の活字を拾う黒岩さんの作品担当の人だけが読める(当時の印刷は、片手に原稿を持ちながら手作業で一文字ずつ活字棚から活字を拾う手作業でした)ということがあったそうです。
ご多分に漏れず原田もほとんど判読が不可能で、たまたま読めたりする部分があると編集者に褒められる(笑)というような状況だったゆえ、誰かが清書した原稿を読み込み、挿絵を描いていたそうです。2003年にお亡くなりになられた日本を代表する作家さんのひとり、黒岩重吾さんとの良き思い出ですね。
【『斑鳩王の慟哭』内容】
博愛主義の政治という理想が阻まれるなかで、聖徳太子はしだいに厭世観を募らせていた。一方、強靱な生命力を持つ推古女帝は血の怨念から大王位に固執し、蘇我馬子と組んで太子の疎外を画策する。やがて太子、女帝が逝き、大王位をめぐる確執は、山背大兄王と蝦夷が引き継ぐ――。上宮王家滅亡を描く歴史巨編。
2021年1月19日、歴史大河小説ファンおなじみの宮城谷昌光さん/原田維夫の黄金コンビによる大型歴史小説『公孫龍 巻一 青龍篇』が新潮社より刊行されました。
中国の歴史に造詣が深く、宮城谷昌光さんの著作をご自身のバイブルであると公言し、宮城谷さんを心の師とも仰ぐ俳優の吉川晃司さんが推薦のコメントを寄せられています。
※「小説新潮 2019年10月号」宮城谷昌光さんと原田維夫の特別対談より。
[新潮社ホームページより]
高貴な身分を捨てた青年が時代を切り拓く。大河歴史小説、堂々の開幕。
中国戦国時代、陰謀により命を狙われた周王朝の王子が姿を消した。名を「公孫龍」と変え商人となった彼だったが、強国趙の公子を助けたことから、群雄割拠する時代のうねりに呑み込まれていく。
天賦の才をもって偉人たちと交わり成長する青年の行く手に何が待ち受けるのか。宮城谷歴史文学の新たなる始まり。
2021年、あけましておめでとうございます。
新年を迎え、皆さまの益々のご多幸を心よりお祈り申し上げます。本年も何とぞよろしくお願い致します。
改めまして旧年中は、出版、マスコミ関係者、そしてファンの皆さまに多大なるお引き立てをいただき、ありがとうございました。
改めて仕切り直しとなりました「東京オリンピック」の年を迎えました。旧年中は、挿絵画家としてのみならず、「1964東京オリンピック」から世界に広がったピクトグラムの考案者・デザイナーの一人として、多くのマスコミ関係者の皆さまにご取材いただきましたこと、重ねて深くお礼申し上げます。
さて、原田維夫の作品、特に数々の作家さんに提供させていただいている挿絵に対する評価につきまして、あるシーンや物語が1枚に凝縮されている、躍動感がある、個性的にデフォルメされておりひと目で原田のものとわかる等々、(アイキャッチーとしてのピクトグラムに通じる)お言葉を頂いております。
これらは、かつて1964東京オリンピックにおけるピクトグラム制作プロジェクトを牽引され、原田の恩師で昭和を代表するデザイナーであった田中一光先生、亀倉雄策先生の影響を強く受けており、両師匠がオリンピックに使われた数々のデザインの本質と魂が原田の作品にもしっかり受け継がれていることを意味するものであり、何よりも「作家さんの物語におけるシーンを濃縮した“アイキャッチー”としての挿絵」を徹底追求してきたことへの最大限の賛辞であると受けとめております。
改めて「2021東京オリンピック」の開催を迎えるにあたり、原田維夫も挿絵画家・デザイナーとしての原点でもあるオリンピックから良い刺激をいただきつつ、両師匠から受け継いだデザイナー魂を存分に発揮し、ますます創作活動に邁進して参る所存です。
改めまして、本年も何とぞよろしくお願い申し上げます。
令和三年 元旦
版画家・原田維夫(はらだ つなお)
2020年9月30日、原田維夫の挿絵がストーリーの節目節目に挿入されている直木賞作家・宮城谷昌光さん著の歴史大河小説『呉越春秋 湖底の城 九巻』(講談社文庫)が発売されました。
原田維夫ともっとも組む機会が多い作家さんの一人、宮城谷昌光さんの伴走者をつとめて9年間。原田維夫にとっても集大成となる書籍です。躍動感と情緒あふれる原田の作品とともに、中国の壮大な歴史ロマンをぜひご堪能ください!
【内容紹介】
9年の歳月をかけて紡がれた至高の一大叙事詩、ここに完結!
越王・句践が呉の王宮に身を移されてから二年余。
呉が陳へ攻め入った報を受け、越の大夫・范蠡と諸稽郢は、使者として呉へ向かう。
そこで呉王・夫差は、句践の帰国を許すかわりに、二人に呉都にとどまるよう命じるのだった。
伍子胥と范蠡、二人の英傑の運命を雄大に描く中国歴史ロマンの傑作、ついに完結!
※講談社ホームページより:
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000343713
絵に願いを 〜息をひそめて暮らす読者にむけて-----オールでおなじみの挿絵画家、漫画家が祈りを込めて描いた、「疫病退散!」
【作品解説より】
——1964年東京五輪のピクトグラムデザインにも参加した、版画家の原田維夫さん。勇壮な騎馬武者の姿はもっとも得意とするところだ。
「最近は外出できないのでもっぱら競馬の電話投票が楽しみ」だという。
例年、作家の宮城谷昌光さんとダービー前日には予想会も開いているが今年は中止に。「コロナを成敗し来年こそは!」
「週刊新潮」5月21日、28日号において、2週連続で原田維夫のインタビューが掲載されました。
全編にわたって原田が余すところなくピクトグラムの開発秘話を語る中で、特に小説における挿絵版画の第一人者として、小説の挿絵とピクトグラムの関連性について、その本質に触れながら詳しく語っています。
ぜひご覧ください!
・5月21日号、連載第38回
「トップデザイナーが知恵を絞った『トイレマーク』作成秘話」
・5月28日号、連載第39回
「五輪の遺産を世界に広めた『著作権放棄』の英断」
《5/28号より、原田維夫へのインタビューから抜粋》
-------オリンピックの後、ぼくは版画家として新聞小説や本の挿絵や表紙を描くようになるのだけれど、その仕事にもあのシンボル部会での経験がとても役に立ったと感じています。
例えば、新聞連載小説の挿絵であれば、物語の内容をシンボリックに一枚の絵で提示する必要があるわけです。
ぱっと新聞を開いたとき、読者の目を挿絵に向かわせるにはどうしたらいいか。アイキャッチーとしての役割を果たすためには、まさにピクトグラムの発想が活きてくる。その意味で、ぼくは新聞の挿絵や本の表紙を描くとき、その一つ一つをピクトグラムだと思って描いている、といっていいかもしれません-------
《5/28日号より、週刊新潮さんの解説から抜粋》
-------東京オリンピックという国際大会で初めて使用された後、ピクトグラムは日本だけではなく世界中に広まっていった。それは掲題電話の絵文字やLINEの「スタンプ」など、日本におけるイラストレーション文化の一源流になったといえるだろう-------
※2回クリックで十分にお読みいただける大きさに拡大できます。原田維夫へのインタビューをぜひお楽しみください。
いよいよ今年7月に開催が迫った東京オリンピックに向けての『週刊ポスト 2020年2/21号』の特集『ぶちぬき大特集 東京五輪とニッポン大混乱 〜政治も経済もおカネ儲けも日常生活もすべて変わる!』の中で、原田維夫が1964東京オリンピックから世界中に広まったピクトグラムの開発秘話を語っています。
原田の記事のタイトルは、題して『日本がいちばん元気だった「1964年」という時代』。
必ずしもいいことばかりとは限らないといわれる今回の東京オリンピック。「何かが違う」と感じる人たちに向けて、わが国の戦後復興と東京オリンピックの成功、そしてオリンピックは世界の人々の共有財産である、といった考え方に基づく「世界・社会への貢献」を第一義とし、あえて全面的に著作権を放棄する、という英断を下したピクトグラム開発チームの存在とその開発秘話が、原田維夫のコメントを通じて示唆的に取り上げられています。
(事実、その後ピクトグラムは世界中に広まり、日本発の最大のイノベーションの1つ、とも言われるまでになっています)
ぜひご覧ください!
2019年11月10日(日)、NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』のエンディングに放送される、1964東京オリンピックにまつわるエピソード&ゆかりの深い人物を紹介する人気コーナー『いだてん紀行』に原田維夫が出演し、当時のピクトグラムの開発の様子について語りました。
おかげさまで大反響!応援のお言葉をお寄せいただいたファンの皆さま、関係者の皆さま、ありがとうございました!!
ちなみに原田維夫は、もともと昭和を代表するグラフィック・デザイナー、田中一光先生のもとで鍛えられたプロのデザイナー。現在の、ひと目でそれとわかる個性的な画風は、デザイナー時代に培われた人物や動物、建築物、歴史上の出来事などを、独特の解釈によりストレートにデフォルメするセンスがベースとなっています。
そしてそのセンスが、かつてのピクトグラムの創作にも生かされ、現在に至るも挿絵画家・版画家として、名だたる作家さんや出版社さんから引っ張りだこの存在たるゆえんなのです。
(ピクトグラムのスピリットとデザイナー出身の版画家のセンスを活かした「LINEスタンプ」も大好評です。「はらだつなお」でLINEスタンプショップにて検索可能です。ぜひお求めください)
今後とも原田維夫をよろしくお願いします!!
NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』のエンディングに放送される、1964東京オリンピックにまつわるエピソード&ゆかりの深い人物を紹介する人気コーナー『いだてん紀行』に原田維夫が出演し、当時のピクトグラムの開発秘話を語ります。
放送は「11月10(日)午後8:00/NHK総合」です。
原田ファンの皆さま、関係者の皆さま、ぜひご覧ください!!
◯写真大:NHK-BS1特集『1964から2020へ 〜オリンピックをデザインした男たち』より。
◯写真左:宮城谷昌光さん著『草原の風』提供作品。個性的な画風で知られる原田の挿絵は、歴史小説ファンであれば目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
◯写真中:NHK総合の長寿番組『ひるまえほっと』への出演打ち合わせ。NHK首都圏センター所属の番組リポーター・松尾依里子さんと。手にしているのは、知る人ぞ知る「ピクトグラム開発現場」を版画で表現した秘蔵作品。
◯写真右:サントリー緑茶「伊右衛門」など、企業さんの主力商品にも作品を提供しています。ぜひ手にとってお確かめください。
※種々の事情により、当日の番組内容に変更が生じる可能性があります。ご了承ください。
きたる2019年10月26日(土)に行われる日本オリンピックミュージアムのイベント「ピクトグラムのデザイン開発 1964から2020へ」で、世界で初めてピクトグラムを開発したメンバーひとり、原田維夫がその開発秘話を熱く語ります!
ぜひ下記よりお申込いただき、足をお運びください!
日本オリンピックミュージアム企画展関連イベント第2弾「ピクトグラムのデザイン開発 1964から2020へ」を10/26に開催!
日本オリンピックミュージアム(JOM)は10月26日(土)、スペシャルトークショー「ピクトグラムのデザイン開発 1964から2020へ」を開催いたします。
本イベントは現在開催中のグランドオープン企画展「日本のオリンピックを創る-東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会-」の関連イベント第2弾。今回はピクトグラムにスポットを当て、東京2020オリンピックのスポーツピクトグラム開発に携わったグラフィックデザイナーの廣村正彰さんと、東京1964オリンピックのピクトグラム開発に携わった版画家・イラストレーターの原田維夫さんをゲストにお迎えします。
【イベント概要】
日時:2019年 10月26日(土)15:00~16:30 (14:30~受付開始)
会場:日本オリンピックミュージアム 1階 WELCOME SALON
参加費:無料
定員:50名(申込み順)
申込方法:電話 03-6910-5561
受付時間: 10:00~17:00(閉館日を除く)
『小説新潮 10月号 〜秋の時代小説特集』にて、原田とお仕事をご一緒する機会がもっとも多い作家さんのひとり、直木賞作家・宮城谷昌光さんと原田維夫の10ページにおよぶ大型の特別対談「中国史を描き続けて」が掲載されました。
タイトル解説文は「直木賞受賞時から小説連載中の『公孫龍』まで、伴走してきた作家と画家。お互いの仕事に影響を受けるというおふたりのこれまでとこれから」。
その対談内容は・・・宮城谷さんからの、前回の1964東京五輪におけるピクトグラムの開発者としての原田の紹介にはじまり、二人の出会いや資料が少ない中国の歴史考証・描写の難しさとやりがい、長期にわたり二人で綿密な取材旅行を行い大型シリーズとして刊行された『古城の風景』(全7巻)におけるさまざまなエピソード、さらには共通の趣味である競馬や芸術家の一家である原田家の話題(原田の父はNHK交響楽団の元主席チェリスト、実弟は世界的なチェリストの原田禎夫)まで、深くて、広くて、楽しくて、ちょっとホロリとさせられる話題が満載です。
(さらには、小説新潮さんから、原田について「作品を提供した作家が直木賞などの文学賞を受賞することが多いため『文学賞受賞請負人』と呼ばれている」などと紹介していただいており、これも嬉しい限りですね)
宮城谷ファン、原田ファンの皆さまにとって、思いっきり楽しめる内容となっています。
『小説新潮10月号』ただいま発売中です。ぜひ、ぜひ、ご覧ください!!!
●新潮社さんのページ 〜「小説新潮 2019年10月号」
原田維夫が装丁画および作品中の挿絵を担当している宮城谷昌光さんの大型時代小説『呉越春秋 湖底の城 第八巻』が、講談社文庫より刊行されました!
●内容紹介-----度重なる奇襲作戦により見事呉との戦いに勝利した越。戦に勝利した范蠡は戦場から王宮へ戻り復命を行った。そして宝楽家より白斐を妻として迎えることが決まるのだが、かつての婚約者・西施が後宮に妾として入ったと聞き動揺してしまう。
越に負けた呉では、謎の人物の密告により更なる越軍の動きを想定し、次なる戦に向けての体制を伍子胥は整え始める。
越の范蠡もまた、王・句践の作戦を知り呉にどのように立ち向かっていくべきか思いを馳せる。
知略にとんだ伍子胥と句践。それぞれ、国を守るための作戦とは、そして戦いの行方は――。
2019年3月5日、原田維夫も愛飲するサントリーさんの緑茶「伊右衛門」が、原田のデザイン画を施し、リニューアルされました。
《サントリーさんホームページより》
サントリー食品インターナショナル(株)は、サントリー緑茶「伊右衛門」をリニューアルし、3月5日(火)から全国で発売します。
「伊右衛門」は、急須の本格的な味わいと、RTD緑茶としてのおいしさを両立させた緑茶を目指し、中味・パッケージとも改良します。
●中味の特長
抹茶の原料を上質な一番茶のみにすることで、より一層、急須のお茶にあるような深みや厚みのある味わいを強化しました。また、新たに甘みや香ばしさが豊富な「焙煎抹茶」と、伊右衛門独自の微粉砕制御技術を活用することで、RTD緑茶としてのキレ(清涼感)を強化しています。急須の本格的な味わいと、RTD緑茶としてのおいしさの両立を目指しました。
●パッケージの特長
老舗茶舗の象徴である暖簾を白色に刷新し、新しくなった伊右衛門を表現しました。中味の一番の特長である「抹茶の甘み」の文字を配し、おいしくなった味わいを訴求するデザインに仕上げました。
https://www.suntory.co.jp/softdrink/news/pr/article/SBF0789.html
2019年3月20日、原田とお仕事を会が最も多い作家さんのひとり、宮城谷昌光さんの『歴史を応用する力』が中央公論新社さんより刊行されました。もちろんカバーの挿絵は原田維夫のデザインです。
著者初の文庫オリジナル版。宮城谷さんの平易な語り口により、ややもすれば難解になりがちな中国の歴史人物の本質が心にスッと入ってくるような、ありそうでなかった良書です。ぜひご覧ください。
【解説】
中国歴史小説の第一人者が、光武帝と後漢。項羽と劉邦、商いの湯王と周のの生涯をたどりながら、ビジネスや人間関係における考え方のヒントを歴史からどう学ぶかを、具体的に平易な語り口で解説する。
伊藤忠商事元会長、丹羽宇一郎氏との対談も収録。
下段のきょう3月16日(土)、ビートたけしさん、安住紳一郎さんがメインパーソナリティがつとめるTBSテレビ「新・情報7daysニュースキャスター」で、「1964東京オリンピック」にてピクトグラムの開発を行った原田維夫のインタビューが紹介され、その中で、当時の知られざるエピソードや苦労話を語りました。
原田維夫は、宮城谷昌光さん、宮部みゆきさん、山本一力さん、安部 龍太郎さんなど当代一流の作家さんの装丁や挿絵を手がけるのみならず、サントリー「伊右衛門茶」など企業の主力商品に作品を提供したり、ビートたけしさんの著書の挿絵も手がけるなど、さまざまな方面で活躍しており、その一端も同番組で紹介されました(下段の左写真をクリック拡大でご覧ください)。
下段の右写真の左上には、原田のコメントに耳を傾けるたけしさんが。原田は漫画家の水島新司さんなどと草野球のチームをつくっていますが、「たけし軍団チーム」とはしばしば試合をしたことがあり、たけしさんとは野球仲間でもあります。
2018年11月、仏教学に造詣が深い女流作家、梓澤要(あずさわ・かなめ)さんの第23回中山義秀文学賞受賞作品『荒仏師 運慶』(新潮文庫)、および2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」でもその生涯が描かれる明智光秀を題材にとった熟練の歴史・時代小説家、早乙女貢さんの『明智光秀』(文春文庫)が、いずれも原田維夫の装丁画が表紙を飾る文庫版で発売となりました。
●『荒法師 運慶』解説:
ひたすら彫る。彫るために生きる。それが仏師だ。全く新しい美を創造し、日本芸術史に屹立する天才運慶。その型破りな人生とは──。
少年の頃、「醜い顔」と嘲られた運慶は、女の姿態や鎌倉武士の強靭な肉体に美を見出していく。快慶との確執、荒ぶる野心。棟梁として東大寺南大門の金剛力士像を完成させた絶頂期、病に倒れた。劇的な生涯を描ききる、本格歴史小説。中山義秀文学賞受賞作品。
●『明智光秀』解説:
美濃国主土岐氏に連なる明智光秀は、浪々の身となり諸国を流れ巡り、やがて尾張の織田信長のもとで働くことになる。
歌道、故実式目、軍学を究めていた光秀は瞬く間に織田家の出世頭に駆け上がり、城持ち大名となる。しかし、遂に信長を討つべく立ち上がった。本能寺の変の後、光秀が辿った数奇な運命とは!
原田維夫がもっともコンビを組む機会が多い作家さんのひとり、「宮城谷昌光」さんの歴史大河小説『湖底の城 第七巻』(講談社文庫)、および江戸中期の成熟した時代にあってなお、懸命にもがき生きる人々を描く時代作家として注目されている青山文平さんの『半席』(新潮文庫)が、いずれも文庫版で発売となりました。
●『湖底の城 第七巻』解説:
楚の出身である范蠡(はんれい)は十二歳の時、家族と住居を盗賊の襲撃により失った。
奇跡的に難を逃れた彼は、父の親族がいる越の会稽へ移り住み、賢者・計然のもとで学ぶ。ここで親友の種(しょう・後の大夫種)と出会い、優秀な二人は二十代半ばにして太子・句践(くせん)の側近に抜擢される。
やがて、越に呉が攻め入ると、范蠡は策略をめぐらし越を救う存在となるのだった。謎多き忠臣を活写する、中国大河歴史ロマン第7弾!
●『半席』解説:
分別ある侍たちが、なぜ武家の一線を越えたのか。直木賞受賞後、待望の第一作!
若き徒目付の片岡直人に振られたのは、腑に落ちぬ事件にひそむ「真の動機」を探り当てることだった。精勤していた老年の侍がなぜ刃傷沙汰を起こしたのか。
歴とした家筋の侍が堪えきれなかった積年の思いとは。語るに語れぬ胸奥の鬱屈を直人が見抜くとき、男たちの「人生始末」が鮮明に照らし出される。本格武家小説の名品六篇。
2018年7月10日、毎日新聞にて連載され、原田維夫が連日作品を提供した、歴史大河小説『劉邦』(宮城谷昌光・著/文藝春秋社)1,2巻が、新たに文庫版で登場しました。
原田維夫の躍動感あふれる挿絵とともに、劉邦のダイナミックな成長ストーリーをぜひお楽しみください!
【作品紹介】
劉邦の挙兵までを描く第一巻!
劉邦軍の進撃と成長を描く第二巻!
劉邦には超人的な武威も徳もなかったにもかかわらず、項羽を倒して、天下を取った。このふしぎさを合理のなかにすえなおせば、個の力ではなく、集団の力がそうさせたというしかない。 [宮城谷昌光]
農民の子に生まれ、五十歳手前まで平凡な一地方官吏に過ぎず、戦闘においても項羽におよばなかった劉邦が、なぜ漢王朝の初代皇帝になれたのか。「集団の力」に着目して、挙兵から皇帝即位までを描いた大河小説全四巻。
リーダーシップについて、人心掌握について、現代のビジネスパーソンにとっても、深い示唆に満ちた作品。
毎日芸術賞受賞作。
2018年7月14日(土)付の「朝日新聞・夕刊」に、『東京五輪物語 外国人を案内「ピクトグラム」 気鋭集め考案 世界に広がる』と題して、原田維夫へのインタビューを中心に構成された「ピクトグラム開発秘話」が掲載されました。
【記事の抜粋】
----版画家の原田維夫さんは、当時同じデザイン事務所に勤めていた横尾忠則さんらと参加した。夜食の弁当が出るだけで無給だったが、「最年少の僕には、憧れの先輩たちと、すごいプロジェクトに関われるという高揚感があった」という。
-----部会は数カ月後に解散。出来上がったシンボルマークの著作権は。「社会に還元しよう」という勝見さんの提案で放棄された。原田さんは五輪はテレビで見ただけで、できあがった39酒類のマークはどうなったのかすら知らなかった。会場のあちこちで使われ、その後「ピクトグラム」という名で世界に普及したと知るのは、何十年もしてからだった。
『あやかし草紙 三島屋変調百物語伍之続』
人間の愚かさ、残酷さ、哀しみ、業――これぞ江戸怪談の最高峰!
●著者 宮部 みゆき
●定価 1,944円(本体1,800円+税)
●発売日:2018年04月27日
ーーーーー江戸は神田の筋違御門先にある袋物屋の三島屋で、風変わりな百物語を続けるおちか。 塩断ちが元凶で行き逢い神を呼び込んでしまい、家族が次々と不幸に見舞われる「開けずの間」。
亡者を起こすという“もんも声”を持った女中が、大名家のもの言わぬ姫の付き人になってその理由を突き止める「だんまり姫」。屋敷の奥に封じられた面の監視役として雇われた女中の告白「面の家」。百両という破格で写本を請け負った男の数奇な運命が語られる表題作に、三島屋の長男・伊一郎が幼い頃に遭遇した椿事「金目の猫」を加えた選りぬき珠玉の全五篇。
人の弱さ苦しさに寄り添い、心の澱を浄め流す極上の物語、シリーズ第一期完結篇!
もくじ
第一話 開けずの間
第二話 だんまり姫
第三話 面の家
第四話 あやかし草紙
第五話 金目の猫
※出典:角川書店さんホームページ:
3月9日に放送された『時空博物館〜1964年」日本を賑わせた懐かしモノ探し』(第一回放送)にて、原田維夫が、1964年の東京オリンピックから生まれ、ソフト分野における日本最大のイノベーションの1つとして世界中に広がっていった「ピクトグラム」(当時は「シンボル」と呼ばれていました)の開発秘話について語りました。
さらには、NHKの生放送番組に出演したときに初めて紹介して以来、当時の迎賓館の地下室においてピクトグラムが生まれる瞬間を活写した貴重な資料としてマスコミ関係者の間でその存在が話題(?)となってきた原田の版画作品「東京オリンピックデザイン部 シンボル部会のある一日」も紹介され、番組に華を添えました。
ちなみにピクトグラムの精神は、2018年現在においても力強く息づいており、2020年開催の東京オリンピックに向けて新たに15種類のピクトグラムが公式に認定(2017年7月)され、会場に配置されることが決定したようですね。
ピクトグラムの生みの親のひとりとして、まさに時空を超えて広がり続けるその姿に原田自身も感動を覚えずにはいられません。
2016年11月5日から今年10月31日までの1年間の連載期間中、原田維夫が挿絵を担当させていただいた、宮部みゆきさん・作「三島屋変調百物語 あやかし草紙」が無事終了をむかえ、原田維夫の作品との出会いや想い入れを東京新聞夕刊紙上(11/7付)で語られています。
宮部さんが原田維夫の作品に出会われたのは十二歳の夏休み。それ以来、原田に作品を描いてもらう、ということをひとつの目標として作家活動を続けてこられたのこと。
そんな宮部みゆきさんのお人がらが伝わってくると同時に、宮部作品の面白さの原点にも触れることができるたいへん興味深い記事となっています。ぜひご覧ください。
#2度のクリックで大きく拡大してご覧いただけます。
●宮部 みゆき(みやべ・みゆき) 東京生まれ。87年「我らが隣人の犯罪」(オール読物推理小説新人賞)でデビュー。99年「理由」で直木賞、07年、本紙連載の「名もなき毒」で吉川英治文学賞。著書に「模倣犯」「ソロモンの偽証」など。東京都在住。
●原田 維夫(はらだ・つなお) 東京生まれ。多摩美大卒。グラフィックデザイナーの田中一光氏に師事。1964年の東京五輪で、若手デザイナーらによるピクトグラム(絵文字)の開発チームに参加。現在は版画家として、数多くの時代小説の挿絵を手掛ける。東京都在住。
下の写真は『あやかし草子』連載終了後の納会。左は宮部みゆきさんと原田維夫のツーショット、右は1年間の連載を担当された新聞三社連合(北海道新聞、中日新聞、東京新聞、西日本新聞)の皆さんと。
2016年11月5日から東京新聞その他にて連載を開始した、原田維夫が作品を提供する宮部みゆきさんの『三島屋変調百物語 あやかし草紙』が、いよいよ10月31日でファイナルをむかえます。
一年間にわたり、ご愛読いただき、また、原田維夫に対し、多数の温かいご声援をいただき、ありがとうございました。
※画像は「あやかし草子」で挿絵として使用された作品の一部です。拡大してお楽しみください。
原田維夫がもっともコンビを組む機会が多い作家さんのひとりである「宮城谷昌光」さんの歴史大河小説『湖底の城 第八巻』(単行本)および『湖底の城 第六巻』(文庫本)が発売となりました。
ぜひお買い求めいただき、宮城谷流・春秋物語のダイナミズムを存分にご堪能ください!
【単行本解説】
度重なる奇襲作戦により見事呉との戦いに勝利した越。戦に勝利した范蠡は戦場から王宮へ戻り復命を行った。そして宝楽家より白斐を妻として迎えることが決まるのだが、かつての婚約者・西施が後宮に妾として入ったと聞き動揺してしまう。
越に負けた呉では、謎の人物の密告により更なる越軍の動きを想定し、次なる戦に向けての体制を伍子胥は整え始める。
越の范蠡もまた、王・句践の作戦を知り呉にどのように立ち向かっていくべきか思いを馳せる。
知略にとんだ伍子胥と句践。それぞれ、国を守るための作戦とは、そして戦いの行方は――。
【文庫本解説】
天才軍師・孫武を迎え入れた呉は、連戦の末に楚都を陥落させた。呉軍を率いる伍子胥は、殺された父兄の仇を討つため、平王の墓を暴き、屍に三百回も鞭を打つ。
虚しさを感じつつも復讐をはたした伍子胥のもとに、孫武の病の報せが舞い込んだ。中国歴史小説の第一人者が綴る春秋戦国絵巻。心を揺さぶる伍子胥篇。
※出典:いずれも講談社さんホームページより:
2017年5月3日(水)付の日刊スポーツで、原田維夫が当時のもようを詳しく解説したピクトグラムの大特集が、見開きのほぼ2面全面を使って組まれました。
これは、日刊スポーツにおける2020年の東京五輪までの300回大型連載シリーズの「第144回」として、原田の全面的な協力のもとに特集されたものです。
当時のピクトグラムの秘話や創生期のピクトグラムの数々、それらのピクトグラムが生まれるその場を再現した原田の作品など盛りだくさんで、とても楽しく読める内容となっています。
ファンの皆さま、機会がありましたら、ぜひご覧ください。
日刊スポーツさんの熱心なご取材と素晴らしい紙面づくりに心から敬意を表します。
ありがとうございました!